大凡のギタリスト、ニシイケタカシによる
三度目の雑記。
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背景

  9/6@高円寺Club Linerでお会いできた皆さん、誘ってくれた大谷靖くん、共演してくれたすねに傷もつ男たち(笑)、ありがとうございました!生粋のライヴハウスという趣のLinerでしたが、ワタシ、場違いじゃなかったですよね・・・(笑)。

 自分のステージであれこれと話しましたが、旭荘201のクラゴンこと倉谷和宏氏が知己に富んだ日本語詞をつけた『Johny B Good」を歌わせてもらいました(クラゴン許諾済)。今回はこのJBGを中心に据えて短い持ち時間をいかにやりきるか、を密かなテーマにしていたところがありまして、そんな目論みの一端を楽しんでいただけましたならばサイワイであります。しかし、7月のカボットでクラゴンのJBGに衝撃を受けていなかったら、一生?JBGに取り組むことはなかったかも知れません。

 洋楽に独特な日本語詞をつけて多くの優れたカヴァーをやっていた人といえば、やはり忌野清志郎氏が浮かびます。原曲の持つ母音子音への細やかな配慮や平易なことばで複雑な物事の核心を切り取って見せるセンスもさることながら、それらのことばは、忌野清志郎という人物に紐付けられることでしか浮かび得ない「背景=キヨシロー」へと回収され、結果、我々は、ことばや曲が誰のものだったかなどを忘れて「キヨシロー」そのものに感動します。誰がやってもそうなるというわけではありませんし、やればいいというもんでもないわけですね(自戒をいっぱいこめまして)。

 ことばや音(ことばも音ですが)は、(意識/無意識にかかわらず)誰がどのような背景を持って発信するかによって(当然、ことばそのものの意味は残しつつも)多様に微弱に変化し、それを受信する側もまた自らの様々な背景を通ることにより、良くも悪くも〈誤変換〉して受信します。しかし、この間にこそ、ごく稀に「感動のようなもの」が落ちているのではないでしょうか。

 そういえば、もう10年以上前のことですが、たまたま所属メーカーが同じだったということで、一度だけご本人にお会いする機会がありました。当時は「ラフィータフィー」名義で、武道館ライヴか何かのゲネプロをかねたシークレットライヴの対バンに我々が抜擢されたという、たまたまの経緯で〈お会いした〉だけなので、あまり大きな声で言えるような話でもないのですが、会場の楽屋で「おお、がんばってね」と、あの優しい笑顔で声をかけていただいたことは、今もワタシの財産であります。

 海外モノに日本語詞をつけるということについて考えてみようと書き始めたのですが、何かキヨシローさんのはなしになってしまいました。